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天下への野心

高エネルギー物理学の授業を受けていてなんとなく思ったのだけれど、
もしかして、宇宙に通常の状態では反粒子が存在しない理由は、もともと反粒子の数が粒子の数より少なかったからではなく、
時間が正方向にのみ進んでいくからなのではなかろうか。慣性的な意味で。
逆に言えば時間が正の方向に進むからこそ、すべての粒子は粒子として存在するのではなかろうか。
更に進めて考えると、時間が止まると言うことは、すべての粒子が存在しなくなることであり、
時間を戻すということは、すべての粒子が反粒子になることである。
あるいは、時間を今よりも早く進めるということは、粒子同士の相互作用をより強くすることだとも言えるかもしれない。

言えるかもしれないのだけれども、だからなんだと言われても困る。
あと論理的でないと言われても困る。ただの思い付きじゃないかと言われても困る。

クリスマスが近いなぁ。

世界遺産は良いね。かなり、良い。癒し効果がはんぱねぇ。
# by syunsukea | 2007-12-21 01:05

ブラッディースクライド

更新するようになってから、もうそろそろ二年になります。
二年も続けていると、やはりスタンスもずいぶんと変わってしまうようです。
昔はとにかく面白くしよう面白くしようとがんばっていて、その必死な姿勢がよりいっそう寒さに拍車をかけたりして、
でもまあ今読んでみても、「面白いこと書こうとしてるんだろうなあ」ということは読み取れるんですけれども、
最近はどうもそういった情熱がまったく感じられません。
なんだかクールを装っているようで、それががんばっていたとき以上に寒い。
いや、寒いどころの話じゃない。うすら寒い。いろんな意味で滑ってる。
自分は愉快な人間なんかじゃない、なんて開き直ってしまったのがいけませんでした。
せめて真実ではなかったとしても「俺は面白い!」と思い込んでさえいれば、まあ温かい目で見守ることもできたのでしょうが、
もはや見守ることすら痛々しく、四面楚歌、いかんともしがたい按配であります。

1億総表現者社会と揶揄されるほど、あちらもこちらも表現者だらけの昨今。
同じように自分が愉快なものをクリエイトできる人間なんかではない事を自覚してしまい、
同じようなことで悩んでいる人もいるんじゃないかなあと思いながらこんなことを書いているのだけれど、
実際問題そんな人ばかりではない可能性もあるわけで、だとしたらこれまでの流れはすべて自分語りなわけで、
その上何の意味もない自虐ですらあるわけで、ともすればまたもや盛大に滑ってしまったのではなかろうか。

そんな風なことを繰り返す中で、色んな事に対して無感動になっていくという可能性もあるでしょう。
ありとあらゆる変化(正しくは変化した結果)の中には原因、因子あるいはファクターと呼ばれるものが必ず隠されています。
そう考えるのが現代社会において推奨されている考え方です。
例えばここに、二年の間にある一人の青年の心に変化が起こりブログでよりよく滑るようになった、という事実があったとします。
そうしたときにその青年は「情熱がなくなったから」などと考えたりするはずです。
それはつまり変化に対する原因を探る行為であり、現代社会を生きる人間として当然の行動なのですが、
そこにはかならず予断が存在します。言い訳、と言い換えてしまってもいいかもしれません。
予断、言い訳、どちらでもいいのですが、つまり彼は変化に対する「都合のいい」原因をあたかもそれが当然であるかのごとく付け加えるのです。
彼は始め、それが言い訳に過ぎず、言い訳でしかなく、言い訳以外の何者でもないことにはまったく気付きません。
もし彼がよく考えることをよしとしない人間であったなら、きっと一生そのことに気付かないでいることでしょう。
しかしそれが必ずしも悪いことであるとはいえません。

ここで重要になってくるのは、この世の中は気付いてしまったがゆえに害を及ぼす事実で埋め尽くされているという事実です。
宇宙には果てがない事とか、お父さんが実は二浪していたこととか、ムスカがラピュタ王だったこととか。
この世で知ることのできるほとんどの事実や常識は有害といってしまっても差し支えないでしょう。
そういうような有害な知識が埃のように堆積することによって、ある人間の持つある思想が、ひどく無味乾燥なものに変じてしまう可能性。
そしてそういうような有害な知識を有害ということにすら気付かずに堆積させて誇りに思っている人達。
まさしく悲劇以外の何者でもありません。
まさかムスカがロムスカ・トゥエル・ウル・ラピュタだったなんて。
# by syunsukea | 2007-12-02 02:30

逆恨みmomentum

鹿男あをによし
がドラマ化されるらしい。
鴨川ホルモーのほうが好きだったから、ちょっち残念な気もする。

一昨日あたりから卒研に必要っぽいプログラミングの勉強をはじめたのだけれど、早くも挫折してしまいそう。
なんなんだあれは。つーかなんでコンピューターを使いこなせる前提で話が進んでいくんだ。
勝手な先入観で物事を決め付けないでほしいものだ。まったく。
なんて愚痴ってても、卒研は終わらないわけで。

英語とかプログラム言語とかそういうの。
まじ無理。生理的な意味で。
俺が独裁者になった暁には絶対この地球上から追放してやる。
覚えてろよ。
# by syunsukea | 2007-11-28 23:12

無線LAN

偏頭痛だからって24時間近く寝てたせいで眠れねぇ。

新しいパソコンがとどきました。
デスクトップパソコンなんですが、置くとこ決めてなかったので今になってあたふたしてます。
なかなかの性能を有しているはずなのだけれど、実感がまったくわきません。
使用用途がyoutubeを見るぐらいしかないからでしょうか。
豚になんたら猫になんとか馬の耳にもなんとやらってか。
1TB分ぐらいエロティックな動画やら画像やらを詰め込んでやろうかしら。
とも思ったけれど、最近の僕はそんなに暇人でもないのでやめておこうと思います。

いや別に暇人だったらマジでやってるって意味じゃないですよ。
そんな非生産的なことを。まさかそんな。
# by syunsukea | 2007-11-26 01:44

久しぶりに偏頭痛が発病。

重要な事ほど良く忘れるという事実すら忘れてた。さもありなん。
なんだかメビウスの環の中に閉じ込められたような気分。
あるいはエッシャーの絵の中に閉じ込められたような気分。
もしくはトーラス磁場の中に閉じ込められた荷電粒子の気分。

なんにせよ、思考が先に進んでくれないというのだから救いようが無い。
さてどうしたもんかと立ち止まっているこの道は、もう1ヶ月ぐらい前に通った道です。
そしてきっと1ヶ月ぐらい後にもまた通る事になるであろう道です。
そんなことを繰り返していて、本当に良いんだろうか。

というような悩みもまた忘れてしまうとしたら。
やはり1ヵ月後にここに戻ってくる事は、もはや変えられない運命である。
ならば忘れてしまう事を前提とするしかないじゃないか。

ありとあらゆる思考は忘却される、という前提の上に立って改めて真理について考えてみると、
絶対的な基準が定められないという理由から、全ての思考は相対的となる。
ということは現在真理であると思われている事が、しばらくの後に真理ではなくなっている可能性がある。
永遠不変でないものは真理とは呼べない。
ゆえに真理は存在しない。
しかし「真理は存在しない」という唯一得られた結論でさえも、「ありとあらゆる思考は忘却される」
という前提を忘れてしまうと導くことができなくなる。

なんかもうどっちでもいいや。
色々と大事な事を忘れていたという事実がある。
家で飼っている猫の本名がアンドロメダカトリーヌな事とか。
僕が虚言癖の持ち主である事とか。
宇宙がヤバイ事とか。
色々と。
# by syunsukea | 2007-11-25 00:54