天下への野心

高エネルギー物理学の授業を受けていてなんとなく思ったのだけれど、
もしかして、宇宙に通常の状態では反粒子が存在しない理由は、もともと反粒子の数が粒子の数より少なかったからではなく、
時間が正方向にのみ進んでいくからなのではなかろうか。慣性的な意味で。
逆に言えば時間が正の方向に進むからこそ、すべての粒子は粒子として存在するのではなかろうか。
更に進めて考えると、時間が止まると言うことは、すべての粒子が存在しなくなることであり、
時間を戻すということは、すべての粒子が反粒子になることである。
あるいは、時間を今よりも早く進めるということは、粒子同士の相互作用をより強くすることだとも言えるかもしれない。

言えるかもしれないのだけれども、だからなんだと言われても困る。
あと論理的でないと言われても困る。ただの思い付きじゃないかと言われても困る。

クリスマスが近いなぁ。

世界遺産は良いね。かなり、良い。癒し効果がはんぱねぇ。
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# by syunsukea | 2007-12-21 01:05

ブラッディースクライド

更新するようになってから、もうそろそろ二年になります。
二年も続けていると、やはりスタンスもずいぶんと変わってしまうようです。
昔はとにかく面白くしよう面白くしようとがんばっていて、その必死な姿勢がよりいっそう寒さに拍車をかけたりして、
でもまあ今読んでみても、「面白いこと書こうとしてるんだろうなあ」ということは読み取れるんですけれども、
最近はどうもそういった情熱がまったく感じられません。
なんだかクールを装っているようで、それががんばっていたとき以上に寒い。
いや、寒いどころの話じゃない。うすら寒い。いろんな意味で滑ってる。
自分は愉快な人間なんかじゃない、なんて開き直ってしまったのがいけませんでした。
せめて真実ではなかったとしても「俺は面白い!」と思い込んでさえいれば、まあ温かい目で見守ることもできたのでしょうが、
もはや見守ることすら痛々しく、四面楚歌、いかんともしがたい按配であります。

1億総表現者社会と揶揄されるほど、あちらもこちらも表現者だらけの昨今。
同じように自分が愉快なものをクリエイトできる人間なんかではない事を自覚してしまい、
同じようなことで悩んでいる人もいるんじゃないかなあと思いながらこんなことを書いているのだけれど、
実際問題そんな人ばかりではない可能性もあるわけで、だとしたらこれまでの流れはすべて自分語りなわけで、
その上何の意味もない自虐ですらあるわけで、ともすればまたもや盛大に滑ってしまったのではなかろうか。

そんな風なことを繰り返す中で、色んな事に対して無感動になっていくという可能性もあるでしょう。
ありとあらゆる変化(正しくは変化した結果)の中には原因、因子あるいはファクターと呼ばれるものが必ず隠されています。
そう考えるのが現代社会において推奨されている考え方です。
例えばここに、二年の間にある一人の青年の心に変化が起こりブログでよりよく滑るようになった、という事実があったとします。
そうしたときにその青年は「情熱がなくなったから」などと考えたりするはずです。
それはつまり変化に対する原因を探る行為であり、現代社会を生きる人間として当然の行動なのですが、
そこにはかならず予断が存在します。言い訳、と言い換えてしまってもいいかもしれません。
予断、言い訳、どちらでもいいのですが、つまり彼は変化に対する「都合のいい」原因をあたかもそれが当然であるかのごとく付け加えるのです。
彼は始め、それが言い訳に過ぎず、言い訳でしかなく、言い訳以外の何者でもないことにはまったく気付きません。
もし彼がよく考えることをよしとしない人間であったなら、きっと一生そのことに気付かないでいることでしょう。
しかしそれが必ずしも悪いことであるとはいえません。

ここで重要になってくるのは、この世の中は気付いてしまったがゆえに害を及ぼす事実で埋め尽くされているという事実です。
宇宙には果てがない事とか、お父さんが実は二浪していたこととか、ムスカがラピュタ王だったこととか。
この世で知ることのできるほとんどの事実や常識は有害といってしまっても差し支えないでしょう。
そういうような有害な知識が埃のように堆積することによって、ある人間の持つある思想が、ひどく無味乾燥なものに変じてしまう可能性。
そしてそういうような有害な知識を有害ということにすら気付かずに堆積させて誇りに思っている人達。
まさしく悲劇以外の何者でもありません。
まさかムスカがロムスカ・トゥエル・ウル・ラピュタだったなんて。
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# by syunsukea | 2007-12-02 02:30

逆恨みmomentum

鹿男あをによし
がドラマ化されるらしい。
鴨川ホルモーのほうが好きだったから、ちょっち残念な気もする。

一昨日あたりから卒研に必要っぽいプログラミングの勉強をはじめたのだけれど、早くも挫折してしまいそう。
なんなんだあれは。つーかなんでコンピューターを使いこなせる前提で話が進んでいくんだ。
勝手な先入観で物事を決め付けないでほしいものだ。まったく。
なんて愚痴ってても、卒研は終わらないわけで。

英語とかプログラム言語とかそういうの。
まじ無理。生理的な意味で。
俺が独裁者になった暁には絶対この地球上から追放してやる。
覚えてろよ。
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# by syunsukea | 2007-11-28 23:12

無線LAN

偏頭痛だからって24時間近く寝てたせいで眠れねぇ。

新しいパソコンがとどきました。
デスクトップパソコンなんですが、置くとこ決めてなかったので今になってあたふたしてます。
なかなかの性能を有しているはずなのだけれど、実感がまったくわきません。
使用用途がyoutubeを見るぐらいしかないからでしょうか。
豚になんたら猫になんとか馬の耳にもなんとやらってか。
1TB分ぐらいエロティックな動画やら画像やらを詰め込んでやろうかしら。
とも思ったけれど、最近の僕はそんなに暇人でもないのでやめておこうと思います。

いや別に暇人だったらマジでやってるって意味じゃないですよ。
そんな非生産的なことを。まさかそんな。
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# by syunsukea | 2007-11-26 01:44

久しぶりに偏頭痛が発病。

重要な事ほど良く忘れるという事実すら忘れてた。さもありなん。
なんだかメビウスの環の中に閉じ込められたような気分。
あるいはエッシャーの絵の中に閉じ込められたような気分。
もしくはトーラス磁場の中に閉じ込められた荷電粒子の気分。

なんにせよ、思考が先に進んでくれないというのだから救いようが無い。
さてどうしたもんかと立ち止まっているこの道は、もう1ヶ月ぐらい前に通った道です。
そしてきっと1ヶ月ぐらい後にもまた通る事になるであろう道です。
そんなことを繰り返していて、本当に良いんだろうか。

というような悩みもまた忘れてしまうとしたら。
やはり1ヵ月後にここに戻ってくる事は、もはや変えられない運命である。
ならば忘れてしまう事を前提とするしかないじゃないか。

ありとあらゆる思考は忘却される、という前提の上に立って改めて真理について考えてみると、
絶対的な基準が定められないという理由から、全ての思考は相対的となる。
ということは現在真理であると思われている事が、しばらくの後に真理ではなくなっている可能性がある。
永遠不変でないものは真理とは呼べない。
ゆえに真理は存在しない。
しかし「真理は存在しない」という唯一得られた結論でさえも、「ありとあらゆる思考は忘却される」
という前提を忘れてしまうと導くことができなくなる。

なんかもうどっちでもいいや。
色々と大事な事を忘れていたという事実がある。
家で飼っている猫の本名がアンドロメダカトリーヌな事とか。
僕が虚言癖の持ち主である事とか。
宇宙がヤバイ事とか。
色々と。
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# by syunsukea | 2007-11-25 00:54

ねっむ

紀元前約400年の頃、偉大なる哲学者ソクラテスが有罪を宣告され、毒杯を煽って死んだ。
その頃日本で何が起こっていたかと言うと、ちょうど縄文時代から弥生時代への変換期を迎えていた。

全盛を誇るローマ帝国でパックスロマーナと呼ばれる栄光の時代が終焉を迎えようとしているときに、
日本で何が起きていたのかと言うと、弥生時代が終わり、各地に古墳と呼ばれるものが作られるようになった。

それほど遅れていた国がよくもまあ、ここまでヨーロッパの進化に追いついたもんだ。
これはやはり、鎖国→明治維新のコンボが効いたということなのかしら。
今のこの均衡も、非常に残念な事に、早々と崩れてしまいそうだけれども。
BRICsが飛躍的に伸びてくるのはいつの事だろう。
まあ俺みたいな庶民にはあまり関係の無いことだが。
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# by syunsukea | 2007-11-18 03:06

ケミス

仮定。
理想的な愛とは、全てを網羅した上での自己と他者の相互間における、完全な理解のことである。
愛において、まず最初に目指すべきは「理解しよう」「理解されよう」という努力である。
自己が他者を正確に理解するためには、高度なコミュニケーション能力が必要である。
また、他者に自己を正確に理解してもらうためには、高度な表現能力が必要である。

結論。
無理wwwwwwwwwサポシwwwwwwwwwww

まずは、自己愛から始めるべきかな。
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# by syunsukea | 2007-11-14 23:28

ハンダ付けのスキルが上がった。 あんまり役にたたなそう。

院試の勉強も、そろそろ本格的に始めなければ。
とは言うものの、大学のHP行って過去問かっさらうぐらいしかやる事も思いつかん。
あとは面接の為の考察か。研究内容とかもいわにゃあならんらしいし。
でもそれにしたって10ヶ月もあったら相当練りこめるだろう。
まだそんなあせる必要もなさそうだなぁ。


とかいいながらいつの間にか残り1ヶ月しかなくて俺涙目wwwwwwwwww

僕のこれまでの人生のパターン。
先を読む事だけはする。でもそれだけ。
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# by syunsukea | 2007-11-13 00:39

パチンコ屋のパの電飾が切れていた。 まさか本当に存在するとは。

日本史全集全20巻1冊2000円とかいう感じの本達を、本棚にばーって並べてみたいと常日頃思っておりました。
今日、その夢への第一歩をおもむろに踏み出してみたりなんかして。
11月9日発売の日本の歴史全集1巻を買ってみたりなんかして。
これから2年近くかけて現代日本史までたどっていくそうです。
室町時代の次が何時代なのかさえ知らないような僕にとって、本に書いてあることは初めて知る知識ばかりなのでなかなか面白い。


コペンハーゲン解釈と多世界解釈の違いがなんとな~くわかってきた。
観測によって元々確率でしかなかった状態が確定することを、
重ね合わさった波動関数が収縮したとみなすか、それとも観測者自身が分岐したとみなすか。
コペンハーゲン解釈についての説明を見ると大抵場合、「波動関数の収縮」という言葉が出てくるのだけれど、
その「波動関数の収縮」なる謎めいた言語のせいで意味が全く分からなくなる。
いやまあ確かに一言で言い表せば「波動関数の収縮」なんだけど、じゃあその波動関数ってなによ?と。

波動関数というのは、物体の状態を記述し、その絶対値の自乗はその状態が起こりうる確率を表わす。
状態は無限次元ヒルベルト空間内に無数に存在し、それぞれの状態同士の内積は0になる。
故に物体は同時に相異なる状態を取りうる。ここから波動関数は無数に存在する状態を全て足し合わせたものである、と言える。

このような状態を観測をするということは、無数の状態の中から確率的にある一つの状態を選ぶ事に等しい。
観測する前までは、無数の状態が存在し得たにも関わらず、観測してしまうとある一つの状態に収縮してしまう。
これが「波動関数の収縮」と呼ばれるものである。こちらがコペンハーゲン解釈。

多世界解釈においては、状態を観測した瞬間に、無数の状態の中から状態(1)を観測した自分、
状態(2)を観測した自分、状態(3)を・・・(以下略)、という風に自分が分岐してしまったと考える。
この場合波動関数は収縮せずに無数の状態が重なり合ったままである。
しかし、状態(1)を観測した自分は状態(2)を観測した自分を認識する事はできず、他の状態についても同様だ。
これはつまり、分岐した後(観測した後)の自分が認識できる状態は一つだけしかないということである。
ちなみに状態(1)を観測した自分に分岐する確率はコペンハーゲン解釈の場合とかわらない。
故に予測される結果はどちらでも変わらない。
どちらでも変わらないので、どちらでもいい。どちらも正しいっちゃあ正しい。

まあ僕が言いたいのはつまり、うはwwwwwwww夢が広がりんぐwwwwwwwということだ。
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# by syunsukea | 2007-11-11 02:34

光学

鉄鼠の檻まで読んだ。
中善寺秋彦は、ただ博識なだけの詭弁家だと思う。
憑き物落としとか陰陽師とか言うけど、それはなんかちょっと違うだろう・・・。
けどまあ似たようなもんか。言葉の綾って奴かもしれない。

言葉っつーのは基本的な物に見えるけれどなかなかどうして難しい。
人それぞれの言葉に対する理解の仕方が異なる所為だろう。
広辞苑は、そう言う意味においては、画一的すぎて何の役にも立たない。ただケツを拭くのみだ。
そもそも言葉を定義する為に、言葉を使っている時点でなにかがおかしい。鶏が先か卵が先か。
真理が真理たる為には、なにかしら先立つものが必要である。
そしてその先立つものこそが、神いわゆるゴッドだ。

日本における神というものは海の向こう側に住むゴッドとは少々違う。
なにしろ八百万だ。あっちにもこっちにもどこもかしこも神、神、神。
ありがたみも何もあったもんじゃない。とも思うが、案外そういうわけでもないそうだ。
祭られてこそ神。それが神道における神の定義らしい。
逆に言えば、祭りさえすれば鼠だろうが自然現象だろうがなんでも神になる。
それゆえに日本の神は信仰していなくても、罰が無い。
信仰しなくなった時点で神は神でなくなってしまうからだ。罰もなにもあったもんじゃない。

それに対してキリなんたらだとかイスなんたらだとかは信仰心をなくした時点で破戒坊主になる。坊主ではないが。
異教徒はすべて邪教徒である。
とにもかくにもあっというまに地獄行きwwwww決wwww定wwwwwwうはwwwwwwおkwwwwwwってなもんだ。

どちらが正しいというような話でもない。
僕は詭弁主義の無神論者だ。
という分類も詭弁だ。
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# by syunsukea | 2007-11-09 02:23

そもそもセンチメンタルってなんだ。センチメートルに似てるな。

うわ、もう五時だ。新聞配達の兄ちゃんがきた。
久しぶりの連休だっていうのに、なんか疲れた。
もったいないことしたな。次の連休はいつだろう。
ちょっちセンチメンタルな気分だ。
悪くなったり良くなったりセンチメンタルになったり、急がしいったらありゃしない。
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# by syunsukea | 2007-11-04 04:59

タイトルが思いつかないときの最後の手段

酷く気分が悪い。
久しぶりに夜更かしをしている所為かもしれない。
久しぶりにビールを飲んだ所為かもしれない。
あるいはそのどちらでもないかもしれないけれども、それは比較的どうでもいい話だ。
今重要な事は、この妙な焦燥感とそれに伴う思考の乱れをいかにして拭い去るか、である。


うっし、OK。直った。
結局のところ感覚なんていうのは大部分が思い込みによって構成されているものだ。
気分の問題ともなればなおさらである。
心頭滅却すれば火もまた涼し、と言うではないか。まあ火傷はするだろうけど。

気分も良くなったことだし、そろそろ寝ようかしら。
今ならいい夢がみれそうな気もするけれど、フロイト的に言えばそれすら自我の欲求が抑圧された形になるんだろうな。
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# by syunsukea | 2007-11-04 03:18

オリエント急行殺人事件

現在とはいつのことを指すのか。
過去と未来の間にある境界点にある一瞬間か。
しかし量子力学によれば、時間には最小単位が存在する。
僕にとって、現在を定義する為の一瞬は量子力学に矛盾するように思えてならない。

量子力学における最小単位時間は約0.00000000000000000000000000000000000000000005秒である。
とすると現在という一瞬の前後0.000000000000000000000000000000000000000000025秒の間、
現在という瞬間が続いている必要がある。
故に。
0.000000000000000000000000000000000000000000025秒前に起きた事は現在に起きた事であり、
0.000000000000000000000000000000000000000000025秒後に起きる事も現在に起きた事である。
それ故に現在の定義を正しいとするならば。
0.000000000000000000000000000000000000000000025秒後に起きる事を、
0.000000000000000000000000000000000000000000025秒前に経験していなければならない。
つまり0.00000000000000000000000000000000000000000005秒間、過去と現在と未来という分類は意味を失う。
では僕がその瞬間その瞬間に感じている「今」は、本来の意味における現在といえるのか。きっと、いえないだろう
僕の感じている現在は過去でも未来でもなく、また本来の意味での現在でもないということになってしまう。

それを認めないのならば、時間が連続でないということを認める必要がある。
人間の脳が連続であるかのように錯覚しているだけで、この世はパラパラマンガのようにその一瞬一瞬が独立しているのかもしれない。
とすると今度は、この世における、ありとあらゆる全ての因果法則が失われる。
過去は未来を方向付けず、未来は過去に従属しない。独立した現在によって完全に分かたれている。

どちらにせよ気持ちのいい結論ではない。
というか、じゃあ僕の生きている現在って何よ?と問いかけたくなる。虚無主義に舞い戻ってしまいそうだ。
もしかしたら存在するかもしれない第三番目の真実の可能性だけが希望である。
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# by syunsukea | 2007-11-04 02:05

マウスが新しくなった

中学2年のとき、クラスメイトに障害者の子がいた。
授業中に突然「ひー!!」とか「ひー!!あー!!!」とか叫びだす事から、ひーくんという渾名で親しまれていた。
彼は身体的にはなんの問題もなく健康そのものだったのだけれど、精神的な意味で意思の疎通を図ることが極端に難しかった。
それ故に周りの生徒もそれなりの距離を置いてひーくんに接していた。
そんな中で、ひーくんに対してそれなりの距離をおかずに接する人間が一人だけいた。
彼を端的に一言で表現すると、バカである。故に、これから彼のことはバカと呼ぶ事にする。

彼がいかにバカであるかということを説明するのにちょうどいい事件があるのでその話を。
ある日の休み時間に、バカがこんなことを言い出した。「俺寸止めできるよwwww」
周りのみんなの反応はそれはもう冷めたものだった。また意味の分からんことをいい始めやがった、と。
バカは周りのノリが悪いことに憤慨した。
「お前ら見てろよ!まじでできんだぞ!!」そういうとバカはひーくんの目の前に立ち、ひーくんの顔めがけていきなりパンチを繰り出す。
そしてぶつかる寸前で止まる拳。得意そうにドヤ顔をするバカ。ひーくんはよく理解できていないようでニコニコしていた。
だが、バカが「どうよwwww」とほざきながら二回三回と寸止めを繰り返していると、唐突にひーくんが動いた。
バカの顔面に対して、渾身の力を込めた右ストレートを放ったのである。
それは寸止めなどというような生易しいものではなく、バカを殺そうとしているとしか思えないような見事なストレートだった。
突然の事に言葉を失う周囲の人間。ひーくんはいつもと変わらずニコニコしながらひー!とか言っている。
どうもひーくんは目の前の人間の行動を真似しようとするらしい、という事にみんなが気付いたのはそれから二日後の事だった。
これは「自業自得事件」として3日もの間、クラス内で語り継がれた。

その事件から少したったある日の昼休み、バカが例によって例のごとくバカな事を言い出した。
「俺この学校卒業したらプロのヒゲダンサーになるwwwwwww」
周りの反応は、それはもう極限まで冷えきったものだった。
それにもめげずに、バカは「ティルティルティル~ルティル~ルティ~ル~ル♪」などと口ずさみながらヒゲダンスを踊り始めた。
しかし誰一人としてつっこまない。目もあわせない。反応すらしない。
バカはみんなが無反応だと気付くと、さびしくなったのか、ひーくんに助けを求めた。
「ひーくんひーくん、ヒゲダンス!wwwwwwwwねえひーくん!俺上手くね!?wwwwwwww」

バカは確かにバカであったが、しかし、それほど質の悪いバカではなかった。
いかに自業自得とはいえども、それでも顔を本気で殴られたら、普通はその殴った人を敬遠するようになると思う。
こんな事を言うのは非道徳的だとは思うが、精神障害者となればなおさらだ。
しかしバカは、事件後もひーくんに対する接し方を全く変えなかった。その点は評価されるべきだろう。
まあ自業自得ではあるのだけれども。

話を戻す。
ひーくんはバカのヒゲダンスをニコニコしながら見ていた。そして少しずつノリ始める。
おや、真似するのか・・・?と周囲が思い始めたその瞬間。
ひーくんは、突然、自分のズボンを足元までずり下ろした。
これは後で気づいた事だが、ひーくんはきっとあのヒゲダンスの動きをズボンを脱ぐ動きだと判断したのだろう。
そしてその真似をして、本当に、寸止めではなく本当に、ズボンを脱いでしまったのだ。
まあそれだけだったらなんの問題もなかった。いや問題はあっただろうが、それほど酷い問題にはならなかったろう。
しかしひーくんは、あろう事か、ズボンだけでなくパンツまでずりおろしてしまっていたのだ。
下半身丸出しでにこにこしながらひー!とかいっているひーくん。
あまりにも予想外の出来事に周りの連中は立ち尽くす以外になにもできずにいる。
悪いことは重なるもので、その普通ならありえない場所でこんにちはしたひーくんの息子がとんでもないモンスターだった。
中学生としてはあり得べからざるほどの黒い巨塔が、そこにはあった。
いまだに、AVなどを見ていても、彼を超えるものを持っている男を見た事がない。
あれはもうモンスターという以外に形容しようのない、モンスターの中のモンスターだった。

その後の教室は阿鼻叫喚の大騒ぎである。それはまさしく地獄絵図の呼ぶにふさわしい情景だった。
きゃー!とありがちな叫び声をあげる女子。あまりにも残酷な現実を直視してしまい、混乱する男子。
呆けたように口をあけて立ち尽くすバカ+α。
悪いことはさらに重なった。そのてんやわんやの大騒ぎに吃驚したひーくんがどのような行動に出たか。
なんとズボンとパンツを両足にひっかけたまま、足かせがついているとは思えないほどの速さで教室から飛び出してしまったのである。
誰一人として動かなかった。いや、動けなかった。誰にも、今のひーくんを止めることはできなかった。
泣き出す女子が現れ、意気消沈する男子が現れ、時間が止まってしまったように動かないバカ+αが
「・・・でかっ・・・!」と搾り出したような声を出すに至り、ようやく騒ぎを聞きつけた先生が教室にやってきた。
先生はバカ+αに「何があったんだ?」と聞いた。バカが答える。
「ヒゲダンスのプロになりたくて・・・踊ってたらひーくんがパンツ脱いで・・・」
わけがわからん!と怒鳴った先生は、常識的に考えれば間違っていないと思う。
しかし今回に関してはバカは間違ってない。確かにバカの言っている事が実際に起きたのだ。

それから先、この大騒ぎが一体どのような展開をたどったのかについては書かないで置こうと思う。
僕に言えるのは、以下に示す二つの結論だけである。

一連の事件は「セクシーコマンドー事件」と名付けられ、学校内で1ヶ月の間語り継がれた事。
そして、次の日から「ひーくん」の渾名が「ひーさん」に変わった事。
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# by syunsukea | 2007-10-28 03:13

サーストンの幾何化予想

2、3日前にやってたポアンカレ予想の番組。
その再放送がいまNHKで放送されている。
いくらなんでも再放送すんの早すぎだろ。
とかいいつつ見てる。

今日電車の中ですごくかわいい女子高生を見かけた。
どれくらいかわいいかというと、それはもう白人のような顔立ちで白人のような肌の白さで・・・。
っていうか白人そのものだ。
僕の住んでいる地元には米軍基地があるので、外人というだけならなら良く見かけるのだけれど、
さすがにセーラー服に身を包んだ外人を見るというのは初めての体験だった。
そこで生まれて初めて気付いた。もしかしたら僕は、案外心のそこから変態かもしれない、と。
しかしまあ気付いてしまったら、もうそれはそれというだけのことであって、だからなんだって話でもない。

最近よくデジャブを感じるようになった。
ひどいときには、5回連続でデジャブを感じることすらある。
「「「「「あれ、こんなこと前にもあったような・・・」ってことがあったような・・・」ってことがあったような・・・」ってことがあったような・・・」ってことがあったような気がする・・・」
ややこしくって仕方が無い。
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# by syunsukea | 2007-10-25 01:03

ポアンカレ

「私=主体」と「それ以外=客体」という世界の分割の仕方は、常識として、あたかも当然のことのように扱われているけれど、
実際にはそれ以前の状態、全てがあるがままに存在している状態が存在する。
全てがなんの意味も成さずただ存在しているその状態をあえて思考するとすれば、
それはつまり「立場のない立場」と表現することができる。
立場とは、思考する主体の状態である。
それぞれの主体はそれぞれ独自の立場を持つ。

立場の無い立場を思考するに至って初めて、自己の立場がいかに限定されたものであるかを知ることができる。
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# by syunsukea | 2007-10-23 00:52

明日は久しぶりに休みだ。

物理学というものをあえて大別するとすれば
古典力学
電磁気学
量子力学
統計力学
の4つに分ける事ができる。

世間一般で物理と呼ばれているものは、古典力学の考え方である。
ニュートンの運動方程式にしかるべき値を入れれば、物体の運動の軌跡を完璧に予測できる。
ここで観測すべき物理量は位置と速度(運動量)である。
また、ニュートンつながりで万有引力の法則もよくここで語られる。
しかしこれは物理のほんの導入部分であり、一部分でしかない。

電磁気学もまた、一般的にイメージされる物理である。
ほぼ全ての現象はマクスウェルの方程式によって記述される。
古典力学は物体同士の力のやりとりを扱ったが、電磁気学では電子同士の力のやりとりを扱う。
それにともなって出てくるようになるのが、「場」という考え方だ。
物体を扱う場合はそれ同士がぶつかりあったり、押し合ったりするのは良くあることなのだが、
電子は非常に小さいため、電子同士がぶつかるということはほとんどない。
電子同士は触れていないのに、引力や斥力が働く。なぜだろう。
そこで出てくるのが「場」だ。
電荷を持った粒子がある場所に存在すると、そこを中心として全空間にある法則に従った電場が発生する。
その場の中にもう一つ電荷をもつ粒子を置くいたとき、その粒子は場から力を受けると考える。
そうすることによって、より単純に相互作用を表わすことができる。
ちなみに、「場」の考え方は万有引力の法則と全く同じ物である。
太陽と地球はものすごく離れているのに、お互いに引き合っているのはなぜか。
それは、太陽から発生した重力場が地球を引きつけている(逆に考えてもいい)からである。

量子力学が扱うのは読んで字のごとく量子だ。
量子というのはものすごく小さな粒子だと考えればいい。
例えば電子や水素原子だ。それらの粒子についての運動を記述しようとしたのが量子力学である。
「やってることは古典力学と同じじゃないか」という意見は一面では正しい。
ではなぜ一面しか正しくないのか。一言で言えば不確定性原理の存在によって、正しくない。
運動を記述するときに観測すべき物理量は位置と速度(運動量)であるが、
対象がすごく小さな粒子の場合、観測するために当てる光によって観測値そのものがずれてしまうので、
位置と速度の両方を正確に決めることができない。
具体的に言うと、位置の変化量×速度の変化量はかならずある有限値以上にならなければならない。
これが不確定性原理と呼ばれる物である。
位置を計るために位置の変化量を無限に小さくすると、運動量の変化量が無限に大きくなる。速度が計れない。
運動量を計るために運動量の変化量を無限に小さくすると、位置の変化量が無限に大きくなる。位置が計れない。
これでは運動を記述できない。しゃーない。あきらめよう。ってまあ、んなわきゃないよね。
1つの粒子についての正確な計測が不可能ならば、多数の粒子を観測してその平均をとり、それを代理の物理量として計測すれば良い。
とは言っても、平均は平均でしかなく、1つ1つの粒子についての正確な値は出てこない。
故に量子力学において、粒子の物理量は確率として表わされる。というか、確率としてしか表わすことができない。
その確率は波動関数ψによって表わされ、物質における粒子と波動の二重性はここから生まれる。
実は、量子によって構成されている人間も波動性を持つ。
しかし、とてつもなく多量の粒子によって構成されているために、波動性が現れることは滅多にないというだけなのである。
人間だって壁にぶつかり続ければ、波動にのみ現れるはずのトンネル効果で壁の向こう側に通り抜けられるかもしれない。
確率はとんでもなく低いが。(人間を構成している量子の数を考えてみるとどれ位低いか想像できると思う)
もう一つの大きな特徴は、物理量が連続の値をとらず飛び飛びの値になるということである。
これは突き詰めれば、空間や時間にも最小単位が存在するということだ。
故に基本方程式に時間微分が含まれているニュートン力学は正確な値を出せない。
あくまでもΔt≒0での近似である。

統計力学は量子力学の派生である、と言ってしまってもいいと思う。
統計力学では1つの粒子ではなく、多数の粒子を扱う。
多数の粒子を一つの系としてみなすとき、その系がどのように振舞うかを記述するのが統計力学だ。
統計力学における最大の特徴は、時間を反転しても状態が元に戻らないことだろう。
古典力学では右から左に飛んで行ったボールは、時間を反転させれば右から左に飛んで行く。
しかし統計力学ではそうはならない。
一つの粒子が複数あるというだけなのだから、本来ならば時間を反転すれば元の状態に戻るはずである。
しかし、なぜか、そうはならない。
これもまた、扱っている物理量が複数の粒子の平均であることによる・・・んだったと思う。
違うかもしれない。なんか時間相関がどうのこうのしてなんちゃらかんちゃらするはずだ。
エントロピーは必ず増大する方向に変化する、と言ってもいい。
エントロピー必ず増えるということは、最終的にあらゆる物は均され、全ては同様の状態に落ち着く。
つまり君も僕もコンクリートもウーロン茶も太陽もブラックホールも全て同じ状態になるということだ。
これは宇宙の熱的死と呼ばれる。宇宙のエントロピーが最大値となり、もはやなんの変化も起こらない。
宇宙は永遠の時間、ただ一つの状態に維持し続けるのである。
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# by syunsukea | 2007-10-21 04:01

馬鹿もやすみやすみイェーイ!

かわいいとは、一体どういった類の感情の表れなのだろう。
僕にはよくわからない。

例えば子猫だ。
あんなに毛むくじゃらなのに。髭だってはえてるのに。なのにかわいい。
大抵のものは小さいというだけでかわいいとみなされてしまう。
かといって、小さくなければかわいくないのかと言うと、そうでもない。
人間の中にも、小さいと言えるほど小さいわけでもないのにかわいいと呼ぶに値する人がいる。
何を基準にかわいいとかわいくないを決めているんだ。
かわいいとされている子猫とかわいいとされている人間との間の共通点が見えない。

あと萌えキャラというのもよくわからない。
確かにかわいいような気もするのだけれど、はて、一体どこがかわいいのか。
かわいい女性を描いているはずなのに、一般的に言われるかわいい女性に全く似ていないという矛盾。
目が異常にでかいとか。常識的に考えて明らかにおかしい髪型とその色とか。
であるにも関わらず、あくまでも一部とはいえ、それなりに多くの人間がかわいいという共通の認識を抱いている。

美的感覚は時代によって変わるという話を聞いたことがあるような気がしないでもない。
つまりは、そういう事なのだろうか。
時代々々、それぞれの常識に束縛された一般的認識にすぎないのだろうか。
だとしたらいますぐそんな認識は捨ててしまうべきだろう。
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# by syunsukea | 2007-10-20 02:18

ばうむくうへん

やる気を出すのが、こんなに大変なことだったとは。
まったくもって想定の範囲外だ。
しかしまあ一回踏み出してしまったからにはもう戻れないっつーか、戻るのもめんどいっつーか。
そんな消極的なことで本当に良いんだろうか、なんてとんでもなく意味の無い悩みですねぇ。
行ってみろよ、行けばわかるさ。とアントニオ某も言っていることだし。

でも行くのもめんどくせぇな。


天高く馬肥ゆる秋っつって。
秋サイコーだぜメーン。
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# by syunsukea | 2007-10-18 01:42

ランドセル 横に背負った 小学生

金八先生が生徒と外泊で金八放送中止フラグwwwwwwwwwww
と思ったらネカフェだった。
惜しい。

老けたな武田鉄也。
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# by syunsukea | 2007-10-11 22:27

あれはまさしくまさし君

今日電車の中ですごくかわいい女性を見かけました。
かわいい、とは言いましてもかわいい事についての絶対的基準など存在しませんので、
本当ににかわいいかったのかどうかについて断言はできません。
しかし、少なくとも僕の見る限りにおいて、彼女はとてもかわいい女性でした。

僕はころころとした女性が好きです。
ころころというのは、別にドラえもんのような体型の女性を指しているわけではないのですが、
むしろドラえもんのような女性には自己管理能力が無いのだなぁという印象しかないのですが、
かといって「これこれこういうものだよ」としっかり説明できるようなものでもなく、
一つだけ言える事は、オノマトペとしてのころころではなく、比喩としてのころころであります。

彼女はとてもころころとした女性でした。
顔にしろ、声にしろ、雰囲気にしろ、全てがころころ、といった感じなのです。
あれで隣にボーイフレンドとおぼしき男性さえいなければ完璧だったですが。

僕はころころの対義語を、ビッチと定義します。
ほんの少しでもビッチな部分が存在してしまうと、それはもう完璧なころころではなくなってしまうのです。
ころころとしているという事はビッチではないという事と同義です。

しかしだからといってビッチな女性が大嫌いかというとそうでもありません。
ミニスカへそだしビッチスタイルというのも、なかなか悪くないものなのではないかと思います。
むしろ大好きと言ってしまっても過言ではないかもしれません。
但しミニスカへそだしドラえもんスタイルは自重していただきたいです。

つまり結局のところ、ドラえもん以外ならなんでもいいんじゃないか。
ドラえもん以外ならなんでもいいにもかかわらず、なぜ僕には彼女がいないのか。
それはきっと、僕がヤマアラシ並の警戒心を持って女性と接しているからである。
と思いたい。きっとそうだ。そうに違いない。
そうとでも思わないと、人生やってらんないっすよ。
あんの野郎、あんなかわいい子といちゃいちゃしやがって。くそが。
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# by syunsukea | 2007-10-08 23:25

カエルツボカビ

森見さんがトップランナーに出演していた。
処女作「太陽の塔」からのファンとしては、嬉しいような寂しいような。
僕が何かしらの影響を与えたわけではないので、そんな感傷に浸る意味は全くないのだが。

狸はいいね。やっぱり。うん。
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# by syunsukea | 2007-10-07 00:08

アントニオ猪木「現金があればなんでもできる!」

重要なことほどよく忘れる。なぜだ。

酷く追い詰められたような気分になるときはたいていの場合、自分がどれだけ自由な存在なのかということについて忘れている。
それを証明するのは僕が学生だからなどという個人的な理由からでも、人間には無限の可能性があるからなどという臭い理由からでもなく、
最終的にたどり着く場所が死であるという前提から導かれる至極当然の結論、「どうせ死ぬのだから何をしても良い」ということからである。
何をしても良い、などというと誤解を招くかもしれないから言い方を換えよう。
「どうせ死ぬのだから、何をしたところで、自分についての何かを決定的に変えることは不可能である。」
例えばどんなに敬虔なキリスト教徒であったとしても、死後救われるわけではない。
死後の世界が観測できない以上そういう可能性もあるという点については僕も同意するが、
しかしだからと言って最後の審判以外のありとあらゆる無限の可能性を切り捨てるのはさすがにやりすぎだ。
逆に、愉快犯的に殺人を犯したからといって地獄に行くということも、やはりない。
そういう可能性もあるが、極端な話をすれば、死後の世界の倫理に重ね合わせて考えたときそれが真に善なる行動である可能性だってある。
生前のあなたが、どんなに善い人間でも、どんなに悪い人間でも、死後に起こるありとあらゆる可能性について考えれば、期待値は±0である。
故に、自由だ。人間に行うことのでき得るありとあらゆる行為は、根本的にはなんの制約もなく行われる。
もちろん、他人に迷惑をかければ罰せられるのはこの世の常であるが、それは根本的な自由にはなんの影響も与えない。
他人に迷惑をかけ罰せられるのも、他人におせっかいをやき感謝されるのも個人の自由だ。

自由が保障されることによってどのようなメリットがあるのか。
なにも犯罪を犯せだの、宗教を信じるなだのといった危険思想を唱えたいわけではない。
ただ、全ての行為に対して自由が保障されることによって、少しだけ気が楽になる。
なぜなら、限界まで追い詰められる事がなくなるからだ。
本当にやらなければならないことなど、この世には存在しないのである。
やるかやらないかはその人の自由だ。
追い詰められた、というのは正確な表現ではない。
正しくは自分で自分を追い詰めてしまったというだけの話である。
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# by syunsukea | 2007-10-04 01:23

学校が始まって改めて思う。 心のそこから一人になりたい。

神保町の三省堂で「童貞小説」という名の本を見つけた。
読んで字のごとく、童貞の苦悩を書き綴った小説を色々集めて、一冊の本にしたものであるらしい。
ちなみに作家が始めて書いた小説の事を処女小説という言ったりもするが、それとはなんの関係も無い。あしからず。
それにしても、なんでそんなものを作ってしまったのだろう。編集者の正気を疑いたくなる。
どこの層に向けた本なのか、まったく理解できない。
現童貞の人間はわざわざそんな本を読む必要もなくその苦悩を抱えているわけだし、
元童貞だって昔の苦悩の思い出を想起させるような本を好き好んで読むようなことはしないだろう。
女性など言わずもがなである。「童貞小説」なるタイトルの本をレジに持って行くこと自体、相当の勇気が必要であろう。
そもそも童貞というものは「俺にもあんな頃があったなぁ・・・」なんて昔懐かしめるような生易しいものではない。
もっと暗く、どろどろとしていて、かつ思い出すのもはばかられるような絶対的黒歴史である。

手にとって序文を読んでいるだけで、なんだかもやもやとした何かが心を覆い始め、
今にも頭を抱えてしゃがみこみたい気分になってきたので、あわてて本を元の場所に戻し、
近くにおいてあった「他人と深く関わらずに生きるには」という本を買って帰った。
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# by syunsukea | 2007-10-02 23:31

焼肉

幸せを掴むために最低限必要なものは、努力である。
努力の先にのみ幸福が存在する。
であるならば、この世の中でもっとも不幸な人間は努力することができない人間だろう。
なにしろ努力する以前に存在する、努力しようとする決意にすら少しの努力が必要なのである。
努力する才能の無い人間は努力しようとさえ思わない。もうすこし正確に言うと、思えない。
故に努力することのできない人間がもっとも不幸な人間である。
すればいいじゃないか、努力をっつって。
「しない」と「できない」とは、どうしようもなく根源的に隔絶されているのですよワトソン君。
努力しない、ではなく努力できない。それ故にアンラッキー。
かといって努力すれば必ず幸せになれるかというと、またそれも間違いである。
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# by syunsukea | 2007-09-30 02:08

若いときの四郎は買ってでも四郎

あ、やべぇ!昼飯食うの忘れた!!ということに気付いた午後三時。
4限目の授業が始まってしまったので、我慢することに決めた午後三時十分。
腹が減りすぎて目が回りだした午後四時三十分。
なんかもう空腹すぎてむしろ逆に腹減ってない、みたいなよくわからない境地へとfly away。

俺「K君K君」
K「なに?」
T「トウキョウ~」
俺「その大きなリュックの中には何が入っているの?」
K「別に。何も。」
T「シンジュク~」
俺「・・・なんで持ってきたの?」
K「別に。」
T「シンバシッ!!」
俺「別に別にって、なんだお前。無気力か」
K「別にwwwwwwwww」
T「兵庫、岐阜」
俺「うぜぇwwwwwwww」
K「wwwwwwwww」
T「ヒョギフ」
俺「あ、わかった。あれだろ?実はその中には夢と希望が詰まってるんだろ?」
K「なんだそれ」
T「ヒョギフ大統領」
俺「エロゲと言う名の」
K「外まで持ち歩くとかどんだけだし」
T「ヒョギフ大統領の貴重な産卵シーン!」
俺「うっさい、だまれ」
T「えー」
俺「もしくはずっとフーワッ!フーワッ!って言ってろ」
T「なぜだ」
俺「いつもみたく」
T「言ってねぇしwwwwwwwwwww」
俺「いつもみたく語尾にフーワッ!ってつけてろ」
T「つけてねぇしフーワッ!wwwwwwwwww」
俺「フーワッ!wwwwwwwwww」
K「うるせぇよ黙れお前ら。ここ電車ん中だぞ」
俺、T「うん」
T「でもぉ・・・?」
俺「もしくは・・・?」
K「wwwwwwwwずっとフーワッ!フーワッ!って言ってろwwwwwwwww」
T「フーワッ!wwwwwwwww」
俺「フーワッ!wwwwwwwww」
K「うざいwwwwwwwwwww」
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# by syunsukea | 2007-09-28 23:57

すだちはすっぱい

両親には前々から「大学院行こうかな」と冗談めかして言ってはいたのだけれど、
友人が東大院に受かった話をしたら、院進学について真剣に考え始めてしまったらしく、
「お金のことなら気にしなくてもいいから」などと妙にリアルな話まで始める始末で、
どうにもめんどくさいことになってきやがった今日この頃ですが、なにか問題でも?

ああもう、違う違う。それは比較的どうでもいい。
そんなことより卒研ほにゃららがしんどいー。いー。いー。
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# by syunsukea | 2007-09-28 00:20

しばらく面倒が続きそう

学科内部で唯一の、と言ってしまってもいい僕の友人が東京大学の大学院に合格したそうだ。
受かりましたけど、それが何か?みたいな冷めた態度が超うぜえ。
でも実験機材の不備で卒研が進まないらしい。
ざまぁwwwwwwwwwwwwwwwwwって言ってやろうかと思ったけど殴られそうだからやめといた。
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# by syunsukea | 2007-09-27 00:08

それでも

皇国の守護者wwwwwwww打ち切りwwwwwwww伊藤悠先生の次回作にご期待くださいwwwwww
あるあr・・・ねーよwwwwwwwwwみwなwぎwっwてwきwた・・・ぜ・・・・・・(´;ω;`)

すみません、取り乱しました。
プラネテスも再開する気配全然ないし、俺はこの先何を読めばいいんだ。
もしかしたら、いい加減マンガから卒業しろという神様からのお告げかもしれない。
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# by syunsukea | 2007-09-24 01:01

ローマ=カトリック

メダカのテンションが急激に下がった。

なんだったんだ一体。
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# by syunsukea | 2007-09-23 15:37